ロボットフレンドリーな世界を創る

ロボットフレンドリーとはなにか

「ロボットフレンドリー」という言葉は耳慣れないかもしれません。この言葉は、2019年に経済産業省のロボット政策室が作った造語です(参考リンク)。こちらの動画をご覧頂ければ、その意味が理解しやすいかと思います。

AI技術の発達で、ロボットは確実に賢くなってきています。しかしながら、人が作る機械である以上、予め想定された範囲を越えた状況に陥ると、途端にうまく動かなくなります。

ロボットが出会うだろうあらゆる状況をすべて想定するのは不可能です※1が、世界やセンサーの情報が不確実、不完全であることを受け入れて、対処する技術もどんどんと研究開発が進んでいます。

もちろん、このような不確実性に対処する技術も、予め予想された不確実性の範囲でしかうまく動きません。世界の不確実性を越えて、ロボットが確実に役に立っていくには、まだまだ金銭的、人的、時間的すべてにおいて研究開発投資が必要と考えられます。

施設管理に使われる清掃ロボット、警備ロボット、搬送ロボットは、その用途を限定することで、実用化されるものが増えてきました。しかしそれでも買ってきていきなりうまく動くわけではありません。地図作成などの初期設定は、メーカー技術者が行うことがほとんどですし、レイアウトが変更されれば、都度技術者が再設定しなければならないことがほとんどです。

一方で、工場や倉庫など、組織的な努力によって不確実性を極力減らすことができ、さらにその状況を維持できる環境であれば、ロボットは安定して使うことができます。安定して動くということは、ユーザーにとって、ロボットがどのような仕事をどの程度できるかが「読める」ようになります。ユーザーにとって、あるシステムの機能が「読める」ことは、業務フローに組み込むうえで非常に重要です。安定して動かないシステムに、自分の仕事を預けることはできないのです。

本来であれば、ロボット技術の発展を待って、自分の使いたい状況でほぼ完璧に動く程度になってから、使い始められるのが一番です。しかしながら、それを実現するには時間も費用も掛かる。そのための資源をはじめに誰が負担するかが問題です。ロボットメーカーが負担するとしたら、研究開発投資を回収しなくてはなりませんから、おのずと製品単価、サービス価格が高くなる。ユーザーにとってはロボットの導入は設備投資ですから、費用対効果をシビアに評価する。そういう状況なので、ロボットの導入はなかなか進まない。ロボットメーカーが安く提供するためには、多く売れる見込みが必要です。つまり、十分な市場の大きさ=ユーザーの数が必要なのですが、導入が進まなければ市場は小さいままです。

このようなジレンマを解決するために、ロボットが賢くなるのを待つのではなく、ユーザー側から、ロボットが働きやすい環境、すなわち、ロボットフレンドリーな世界をインフラとして用意しよう。ロボットが出会う不確実性を減らして、安定して動くロボットを安価に実現できるようにしよう。ロボットが失敗することも受け入れて、あたりまえの道具としてロボットを使っていこう。そういう考え方を表すために、「ロボットフレンドリー」という言葉が作られました。

「ロボットフレンドリー」という言葉が生まれたことで、ロボット自体を賢くして問題を解決しようというロボットメーカー主体のパラダイムから、環境と運用までも考えた全体を設計することで問題を解決しようというユーザー主体のパラダイムへと、明確な方向付けがされました。これはひとえに、労働人口が減少することがいよいよ決定的となり、ロボットを使わざる を得ない状況になっていることと、実際にロボットを使ったことのあるユーザーが増え、ロボットの能力の現在地点に対する理解が進んだ※2ことが要因に挙げられると思います。

私はこれを、2005年の愛知万博の頃からロボットに期待し、官民を挙げて研究開発、実証実験 に取り組んだ日本がたどり着いた一つの答えだと考えています。

※1 この問題は、「フレーム問題」と呼ばれています。ロボットがきちんと動いて欲しい状況 をうまくモデル化することができれば(フレームをうまく決められれば)、その範囲で正しく動作することを保証できるようになりますが、そのフレームを決めること自体が難しいのです。
※2 ロボットは、人間と同程度またはそれ以上のことができる存在としてSF作品に多く登場します。これは人に簡単なことは機械にもできるという思い込み(「モラベックスのパラドックス」と呼ばれます)によるものです。実際のロボットを使ってみると、なんでこんな簡単なことができないのかと幻滅することになります。

投稿者プロフィール

鍋嶌 厚太
鍋嶌 厚太
東京大学 大学院修了、博士(情報理工学)。CYBERDYNE、Preferred Networksを経て創業。ISO/TC 299 WG委員長、エキスパート。装着型ロボット、移動型マニピュレーターの研究開発、実用化、標準化。

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